国際人を育てる

「普通がいいという病」を読んで


乙武さんが勧めている泉谷閑示著「普通がいいという病」を読んだ。

 

ルソーの「エミール」、親鸞の「歎異抄」など様々な人の考えを簡単に紹介しながら、「普通」にとらわれずに本来の自分を生きることを説いている。

 

自由に生きることは、マイノリティーとして一人小路を行く生き方であり、普通に生きることはマジョリティーとして、本来の自分の声を抑え世間に合わせて生きていく生き方であると言っている。

 

本来の自分が求めていることをしながら生きられれば良いのだが、それは勇気のいることでなかなかできない。だから無難な「普通」の生き方をするのだが、本来の自分は押し殺されて苦しんでいる。自分を解放して生きることが出来ればよいのだが、どうすればよいのだろう。

 

「やりたいこと」にも単なる欲望から人々のためになる欲求もある。やりたいことが、経験と思考を通して深められ、普遍的な欲求に変われば、やりたいことをやりながら、社会のためになる生き方ができる。

 

第一歩は、普通に合わせて生きることではなく、本来の自分が何をしたいのかを知り、それを行動に移してみることから始まるのだろう。

 

マジョリティーとマイノリティーについてエーリッヒ・フロムの「自由からの逃走」のエッセンスを次のように紹介している。

 

『自由というものは、何の指針もなければ、その小径が正しいのかと問われても答えようがないもので、自分の判断以外に当てにできるものはない。マニュアルもなければ他人との比較もできないし前例すらない。これが自由ということの大変さなのです。そして、多くの人はこのリスクが怖くてしょうがない。それに比べて、大通りは不自由だけど安全。これが、人々を大通りに強くひきつけている最大に理由であるということなのです。

大通りの人たちは、必ず徒党を組みます。彼らは、内に不自然さ、窮屈さを無意識的に抱えているので、どうにかしてそれを打ち消しておく必要がある。そうでなければ、自分たちの大通りが間違った道であることがバレテしまう。打ち消すには、井戸端会議的に徒党を組むのが一番手っ取り早い。「ね、そうよね。私たちは正しいわよね。あの人はちょっと変よね」というようなことを言って大通りを外れた人のゴシップをネタに、自分たちを正当化して安心しようとする訳です・・・・・』

 

いじめの根っこもこんなところにあると思いますよね!

 

とても読みやすい本で、読む価値のある本です。


4月 15th, 2013|

国際教養講座


国際人教養講座の講師である小林朋子先生の出版記念パーティーがホテル西洋銀座で行われた。本のタイトルは「ニッポン人だけが知らない 世界を動かす交際教養」 日本人がいかに他の国と違うのかをしる必要がある。 「イスカンダル」と聞いて宇宙戦艦ヤマトを思い浮かべるのは日本人だけ。世界の人々は偉大なるアレクサンドロス大王に想いを馳せる。 また、ラテンと聞いたら、古代ローマだよね・・・と会話ができる。これが国際人だと先生はおっしゃる。

良い悪いではなく、世界の常識を知ること無しに国際人としては通用しない。今の日本の教育に国際人教育はほとんどない。 講座でたくさん吸収し、子どもたちの教育に役立てていきたい。


4月 13th, 2013|

「あいさつ」


今朝が今年度最初のアッセンブリーだった。1~3年生のアッセンブリーで「あいさつ」について話をした。

「あいさつは相手の人があいさつをしてもらって良かったなと思えて初めてあいさつをしたことになります。

あいさつをする時の顔の表情も大切です。表情と言葉に気持ちをのせて相手に伝えるのです。

「ありがとう」も「ごめんなさい」も同じです。気持ちが相手に伝わってはじめて伝えたことになるのです」と。

 

休み時間に子どもたちから最高のあいさつをしてもらった。感動で鳥肌が立つほど幸せな気持ちになれた。

どうやら私の気持ちは伝わっていたようだ。


4月 10th, 2013|

帝国データバンクニュースに掲載されました


改革の旗手たち

株式会社エル・シー・エー(201324484)

代表取締役 山口紀生

 

「学生時代にあれだけ英語を勉強したのに…」と海外旅行等で痛感することはないだろうか?寝る間も惜しんで覚えた英単語や文法は完全に消え失せ、気が付けば日本語で「これください」と言ってみたり。

 

英語に限らず外国語は日常的に使わないと「錆びて」しまう。この点にこだわり、「英語イマージョン教育~immersion:浸す」を教育理念の柱に据え、株式会社が運営する小学校として全国初のケースとなる「LCA国際小学校」は神奈川県相模原市にある。

 

校長の山口紀生はLCA国際小学校を立ち上げる前に公立小学校で教鞭を執っていた時期がある。しかしながら、彼が教員になるまでの過程は、教師を志す学生が辿る一般的なルートとは大きくかけ離れていた。

 

山口は小学3年生の時に気象観測士を夢見ていたという。それは猛烈な嵐のなか、たった一人で百葉箱を守る主人公の姿に感動したからであり、山口はその後6年間に亘り、短波放送を聞きながら自己流天気図を毎日欠かさず書き続けた。さらに、好奇心旺盛な山口はアマチュア無線にも興味を示し、おぼろげながらも将来の夢として「気象」に携わる、または「エンジニア」になるという夢を抱いた。

 

自らの夢を叶えるべく、一浪してまで入ったのは電気通信大学。しかしながら、熱意と希望に満ちあふれる山口を待っていたのは予想外の日々であった。勉学では真面目、生真面目に機械相手の実験ばかりという環境に辟易とし、キャンパスライフでは「新人一人の柔道部」に嫌気が差し、バラ色だったはずの大学生活は間もなくグレーに染め上げられていった。

 

山口の行動は早い。大学1年生となったその年末に退学届けを提出したのである。しかしながら、山口の周囲は納得しない。一浪してまで入った大学を、1年もたたずに辞めた理由を山口は探さねばならず、フッと頭に浮かんだ言葉…「教師になるために辞めたんだ」と周囲に言い放った。

 

そこから1年間、山口は通信教育等で受験勉強に勤しみ、晴れて横浜国立大学教育学部社会科に合格した。しかしながら、山口の学生時代は教師目指してまっしぐら…という訳にはいかず、様々な事物に興味と関心を示し、卒業間近になってもなお、自らの将来像を描ききれないでいた。そのような状況下で山口は神奈川県の教員採用試験に合格、「とりあえず教師になっておこう」と道を定めたのである。ただし、「まずは5年間」と。

 

「まずは5年間」と時間を区切って2年生の担任となった山口であったが、教師という職業にのめり込むのも早く、毎日が楽しくて仕方なかったという…しかしながら、巷では閉鎖的とも揶揄される教員の世界で、既成の枠にとらわれずチャレンジ精神と若さで突き進む山口が周囲から浮き上がるのは時間の問題であった。しかも、連日の会議や研修で子供達と向き合う時間も制限され、徐々に山口のモチベーションは下がる…そして「まずは5年間」を通り過ぎ、教員生活6年目の山口は理想と現実の間でもがき苦しみ、給料や名誉ではなく自ら信じる道に突き進む人々の姿に美しさを見出し、「もう一度生き直そう」と退職願を出したのである。

 

そして失業時代。失意のなかで主婦(主夫)生活を送っていた山口に、小学生をもつ近所の母親達から「勉強を少し見てもらえないかしら」と声がかかった。山口はこの申し出を受けることに決め、さらに一つのお願いを母親達にしたのである。

 

「学校ではやりたくてもできなかったことをやらせて欲しい」

 

4人の小学3年生でスタートした私塾「LCAチャレンジクラブ」は、勉強と並行してキャンプや映画鑑賞など山口が自ら経験してきた魅力的なカリキュラムが満載で、山口と子供達の間に信頼関係が生まれると改めて勉強もはかどるようになり、学力向上にも目覚ましいものがあったという。

 

自らの教育方針に賛同してくれる父母・父兄に囲まれ、ぐんぐん成長する生徒を目の前に山口はかつてない「やりがい」を感じた。一方、山口自身がホームステイ受入れを行っていた経緯もあり、異文化コミュニケーションもカリキュラムに採り入れたいと考え、米国アイダホ州で16日間の短期ホームステイも決行した。

 

ホームステイ期間中は生徒達の目が輝き、文字通り朝から晩まで大自然を満喫、その姿に山口は喜びを感じ、自らの教育方針に自信を深めたが、そんな山口にも一つだけ気になる点があった。それは生徒達の「英語力」である。

 

ホームステイ前、自らの意思を表現できるよう最低限の英語を教え、ホームステイ期間中も生徒達は身振り手振りを交えて軽々と言葉の壁を乗り越えていたが、それでもなお満足に英語を操れるといったレベルには程遠いものであった。

 

ホームステイから帰国し、山口は実践的な英会話スクール探しに奔走したものの、満足のできる英会話スクールは見つけ出せなかった。そこで山口は英語を自由自在に操ることができるようになる…そんなレベルの英会話スクール立ち上げを決意したのである。

 

当時、「LCAチャレンジクラブ」は進学塾部、英会話部、幼児教育部、アウトドア部の4部門を擁するまでとなっていた。山口は英語を重視した教育や活動を実践すべく試行錯誤を繰り返していたが、それでも生徒達が英語を使う機会は限定的で、教室を離れれば英語はほとんど使われず、「自由自在に操る」レベルには程遠かった。

 

そこで山口は英語をもっと日常的に使えないかと考え、勉強・学習そのものを英語で行うことを思いつき、試験的に毎週土曜日は「英語で教科を教える日」と定めた。その効果は如実に現れ、教育・学習部分を含めて平日は日常的に英語を使うという現在のスタイル、「英語イマージョン教育」が、その産声をあげたのである。そして平成12年、英会話部と幼児教育部を統合、改めてプリスクール(幼稚園・保育園の意)を開校した。

 

プリスクールで園児達は無意識に英語漬けの日々を送り、それこそ日常的に使いこなすレベルにまで到達する。そんな姿に山口は眼を細めつつも、一方で気になる話を耳にする…「公立小学校に進学したプリスクール卒園児が、他の児童と違うという点に違和感を抱き、時に自信を無くしている」と。山口には思い当たる節があった。公立小学校での教員時代、「周囲との調和が第一」と同僚達から言われていた情景が思い出される…

 

「子供達のために小学校を作ろう!」と山口が決意するのに多くの時間は要らなかったが、小学校建設など容易い夢ではない。しかしながら、理想の教育を実現すべく突き進む山口の姿を見ていたのは、プリスクール関係者だけではなかった。

 

平成17年、山口はプリスクールの父兄や関係者はもちろん、近隣住民や企業等の協力を得ながら「LCAインターナショナルスクール小学部」立ち上げに漕ぎ着けた。

 

ここまでの歴史を振り返ると、山口の歩んできた道程は独特のものであったが、これ以降はさらに劇的な展開が待ち受けている。

 

正規の小学校を設立するには校庭の広さや校舎の延べ床面積、天井高をはじめ、様々な法的制約をクリアする必要があるが、山口には時間も資金も全く足りなかった。また、いくら教育内容で正規の小学校を凌駕しても、そのままでは単なるフリースクールであり、学校教育法の枠から外れてしまうために義務教育卒業資格も得られないのである。

 

そこで山口が捻り出したのが「株式会社」による正規の小学校運営であった。しかも山口にとって追い風だったのは、小泉純一郎内閣が「構造改革特別区域計画(特区制度)」を打ち出していたことである。山口は相模原市の協力を得つつ、その認定を受けた(第13回認定分、平成19年3月末)ことで、当社の運営する小学校が法的に認められることになり、晴れて「LCA国際小学校」が誕生したのである。

 

「LCA国際小学校」では国語(日本語)以外の授業を全て英語で行い、外国人教師をクラス担任に配置するなど先進的な取り組みを推し進めた。さらに最近では「不可能を可能にする教育」という方針のもと、①1クラスの定員~18名まで、②進学塾に通わずとも中学受験可能なカリキュラム・体制の構築、③小学校卒業までに英検2級合格、④外国人教師による日本の教員免許取得といったテーマに取り組んでいる。

 

そして今、プリスクール、小学校低学年、小学校高学年と3箇所に分散している拠点を1箇所に集約すべく活動しており、具体的なメドも立ったところである。

 

自らの教育方針を信じ、試行錯誤を繰り返しつつも「子供たち最優先」の姿勢で突き進んできた山口が拠点の集約を実現する。これをみて筆者は、山口の描く夢はその大半が叶ったものと思っていた。ところが…

 

「拠点が集約できたら、つぎは英語教育の中心的な役割を演じたいですね。既にオリジナル教材も開発していますし。プリスクール~小学校と9年に及ぶ一貫教育も『コミュニケーション』の観点でもっと磨き上げたいですね。あ、そうそう学校法人化も考えていますよ。国からのサポートも得られますし、何より親御さんが安心するでしょ。それから、絵画や音楽、ダンス、バレエなど本物の芸術に対するサポートを行って行きたいな。プリスクールや小学校は他の先生に任せても大丈夫なレベルになってきたし、どちらかと言えば芸術学校の立ち上げに取り組みたい…」

 

「えっ!?まだそんなにたくさんの夢を抱えているのですか??山口社長!!」

 

世界を舞台に活躍できる人間の育成を目指す株式会社エル・シー・エー。

目指す山頂はすぐそこまで迫っているように見えるが、山口の夢はまだまだ尽きない。

(聞き手:厚木支店調査課課長  鎌田 守康)


4月 10th, 2013|

ハイパーイマージョン教育とは


英語環境に浸すことで、英語を使えるようにしようという考え方が英語イマージョンです。

英語イマージョン教育をするには授業の半分以上を英語で指導する必要があります。

日本でこの英語イマージョン教育を実施しても、全員が英語ペラペラになる訳ではありません。ネイティブが英語を身につけるように自然に身につけるためには、日本での英語イマージョン教育だけでは不十分なのです。

 

ただ、浸すだけでは不十分だと分った上で、効果的に、しかも日本人に合うように指導しながら浸す必要があります。

LCAではそのためのカリキュラムと教材を開発しています。私たちはそれをハイパーイマージョンと呼んでいます。


4月 7th, 2013|

より良き人間関係のために 「選択の理論」


FacebookでYUKO YAMANAKAさんが「選択の理論」で、生き方が楽になったと書いていたので、「選択の理論」についてネットで調べてみた。米国の精神科医、ウィリアム・グラッサー博士の提唱する理論で、私たちの行動は基本的な欲求から、自分で選択した結果だと説明してあった。まだまだ分からないが、「致命的な7つの習慣」についての記述は全く同感だったので、とりあえず入門書を注文した。

 

致命的な7つの習慣

1.      批判する

2.      責める

3.      罰する

4.      脅す

5.      文句を言う

6.      ガミガミ言う

7.      目先の褒美でつる

 

これを

1.      傾聴する

2.      支援する

3.      励ます

4.      尊敬する

5.      信頼する

6.      受容する

7.      意見の違いを交渉する

 

に変えていけばよいのだと言う。


3月 28th, 2013|

「ギャラリー桜の木」との出会い


「ギャラリー桜の木」という画廊に出会った。この画廊には、ここに来なければ出会えない絵がある。魅力的で飾りたくなる、身近に置いておきたくなる絵がここにはある。

ギャラリー(ここの雰囲気や考え方は、画廊ではなくギャラリーなのでそう呼ばせてもらう)を経営する会長さんと会って話をした。素敵な女性だった。現在は娘さんが社長を務めている。スタッフも全員女性だ。

会長は「画家は筆を持った哲学者です」と言う。「このギャラリーにある絵の作家はみな愛情に溢れた人だ」と。作家の人となりを聞くとなおさら絵が魅力的に見えてくる。

1枚の絵を指して「この絵を描いた水野竜生という作家の絵は『自然が絵画を模倣する』とまで評された」と。絵が自然そっくりなのではなく、絵に含まれた本質を画家を通して自然の中に改めて発見するということだろう。

また「眼は裸の脳だ」という話もされた。眼からはいる情報から脳が刺激をうけ発達するという。脳から体全体に染み込んでいくだろう。もしかしたら子どもの時に1枚の絵をみたことが、人生の宝になるかもしれないのだ。だから、私は子どもに素敵な本物の絵を見せたいのだ。

芸術教育は教える前に触れることからすでに始まっている。

子どもの生活の場である学校に、素敵な本物の絵を置きたいという私の思いが、このギャラリーとの出会いで、近づいてきたように感じた。


3月 10th, 2013|

人の魅力について考えた


20代の頃、人間の魅力について考えた。その頃はオフロードのオートバイで山の中を走り、スキーをし、モダンバレエもやり、絵も描いていた。オートバイにしろ、バレエにしろ達人がいる。その人たちは自分にとって魅力的な人なのか、自分もそうなりたいのかと問いかけた。答えはノーだった。私にとっての魅力は両極端のことを同時にするような人だった。身の回りにそういう人が居たわけではなかったが、そういう人間を目指そうと思った。

今、LCA国際小学校では英語で教科を教える英語イマージョンの教育を実践しながら、中学受験にも合格できる日本人としての学力を付けようとしている。

英語力だけに焦点を当てる教育も、中学受験だけを目指す教育も物足りない。両方に同時に挑戦するから、この教育は奥が深く面白い。


3月 7th, 2013|

嘉納治五郎、千利休


柔道界の体罰をめぐって様々な方のコメントを読むが、「女三四郎」と呼ばれた山口香さんのコメントに説得力があった。

「他人から強制されるのは本物の厳しさではありません。目標に向かって自分を律し、工夫していく。そこに本物の厳しさがある。自発的なものなのです。柔道の創始者、嘉納治五郎氏は、柔道の修行として、『形』『乱取り』『講義』『問答』の4つを挙げました。『問答』とは、師匠と弟子とのディスカッションを意味します。上下関係ではなく、弟子と対話する中で、師匠も教えてもらうことがある。そんな嘉納先生の教えを、私たちは今こそ、思いだす時ではないでしょうか。こうした対話が、スポーツ界全体に広がっていけば、と願っています」

嘉納治五郎氏が柔道の修行の一つに「問答」を取り上げていたこと自体知らなかったので、記事を読んで驚いた。問答はスポーツ界だけでなく、教育界にも社会全体にも広がってほしいものだ。

そういえば先日、茶の湯の千利休が究極の社交術の極意を「和敬清寂」の4文字で表していること聞いた。その中の「敬」とは人を敬う以前に自分を敬われるような存在にし、自分自身を敬うことだそうだ。それは正にセルフエスティームのことではないか。

日本には嘉納治五郎や千利休のような先達が残した素晴らしい文化があるのだ。私たちが物事の表面だけを受け継ぎ、大切な本質を見失っているのだと感じる。


2月 3rd, 2013|

カルロス・ゴーン氏の金言


CNN English という英語学習者向けの月刊誌があるが、11月号の表紙に日産のCEOとして知られるカルロス・ゴーン氏の「Life is continuous problem solving」(人生は問題解決の連続だ)という言葉が載っていた。数あるゴーン氏の金言の一つだそうだ。全くその通りだと思う。

私は「日々是改善」「日々是進歩」をモットーにしている。日常のほんの些細なことから仕事上のことまで、改善できることを日々見つけ出し改善する。問題が起こってそれを解決する時にも、単に問題を解決するのではなく、問題解決する際に、会社や個人が進歩することを目指している。「自分が一生を終るまでにどこまでたどり着けるのかなあ」と楽しみでもある。


11月 8th, 2012|