Yearly Archives: 2012

震災の流木からできたバイオリン


バイオリンドクターの肩書を持つ中澤宗幸という方がいらっしゃる。

「千の音色でつなぐ絆」プロジェクトのもと、東日本大震災の被災地の流木を材料にバイオリンを製作しているという。

きっかけは欧州で修業中に聞いた「森にいた時は木陰で小鳥たちを憩わせ、今はバイオリンとなって人々を憩わせている」というような言葉だったそうだ。その言葉が今「みな瓦礫、瓦礫というが、本当は思い出や歴史の山ではないか。森の木のように流木もバイオリンとなって人々を慰め、力を与えることができるのではないか」という思いになった。

妻でありバイオリニストのきみ子さんが弾いてみると、大津波を耐え抜いた木だからこその不思議な音色を奏でたという。

様々な人が、それぞれの立場でできることをする、素晴らしい話だと思った

(産経新聞の記事を読んで・・・)


11月 8th, 2012|

カルロス・ゴーン氏の金言


CNN English という英語学習者向けの月刊誌があるが、11月号の表紙に日産のCEOとして知られるカルロス・ゴーン氏の「Life is continuous problem solving」(人生は問題解決の連続だ)という言葉が載っていた。数あるゴーン氏の金言の一つだそうだ。全くその通りだと思う。

私は「日々是改善」「日々是進歩」をモットーにしている。日常のほんの些細なことから仕事上のことまで、改善できることを日々見つけ出し改善する。問題が起こってそれを解決する時にも、単に問題を解決するのではなく、問題解決する際に、会社や個人が進歩することを目指している。「自分が一生を終るまでにどこまでたどり着けるのかなあ」と楽しみでもある。


11月 8th, 2012|

ピアノの検定


YAMAHA音楽教室のピアノのコンサートグレイドの初級1を受けた。私は第二部での検定だったが、9人中6人が幼稚園生から小学生、高校生が一人、大学生が一人と私だった。順番を待っている時に隣の子に「何年生?」と囁いたら、両腕を組んで顔をそむけられた。「こんな所で話しかけないで!」という感じだった。失礼!失礼!

今回弾くのは、「マイファニーバレンタイン」と「枯葉」の2曲。易しいアレンジだったが、何カ月練習していてもきちんと弾けない。本気になって練習したのは検定の前の1週間だった。目標を持って練習することの大切さが身にしみた。

ピアノの前に座って椅子の位置を何度か直し、弾き始める。エアコンの風で楽譜が落ちそうになった。子どもたちは楽譜を見ないで弾いていたので、譜面台に楽譜を置いたのは私だけだった。先生に目で「困った」と合図をした。大きなクリップを持って来てとめてもらった。練習でいつも弾き間違える箇所も無難にこなせ、自分としては満足だった。帰りに立派な合格証と二人の審査の先生からコメントをもらった。うれしいものだ。


11月 5th, 2012|

自分の言葉で


BUNKAMURAシアターコクーンの初代芸術監督を務めた串田和美(くしだかずよし)さんが「コクーン歌舞伎」で歌舞伎の演出をした時「歌舞伎通ぶった用語ではなく、自分の言葉を使う」ことを自らに課したという。まつもと芸術館を建設する際に反対派の方とも「自分の理解できる言葉だけで話した」と。

少し前は田原総一郎さん、最近は池上彰さんの話を聞くのが分かりやすく楽しい。田原さんは「サンデープロジェクト」の中で、難しい言葉で話す人には「僕はバカだから、やさしく言ってくれない?」と問い返していた。池上さんはNHKの子どもニュースの初代お父さん役だったので、小学生にも分かるように話をする。

お二人とも、現地に足を運び取材をする行動力に優れ、よく勉強されていて、本当に賢い人なのだと感心する。私の尊敬する人物である。

しかし、やさしく話をできる人、やさしく理解できる文章は身の回りに驚くほど少ない。今や分からないことはインターネットで調べればいくらでも情報は出てくるのだが、読むほどに分からなくなる文章や、初めからこれは無理だと読まずに済ませてしまうものが多く、調べてもすっきりしないこともある。

私は相模女子大学で「子ども学」の講義をしているが、前期の講座受講生から、もっと板書をしてほしい、プリントが欲しいという感想があった。学生には板書を写すのではなく自分が理解したことを自分の言葉でノートをとり、内容を自分の言葉で人に伝えられる力をつけてほしいと思っている。

講義をする私自身は本を読んでも分からない、ネットで調べても分からないことがスッキリ分かる講義を心がけていこうと思っている。


10月 16th, 2012|

桝野俊明と瀬戸内寂聴


健功寺住職の枡野俊明さんが「美しい人をつくる所作の基本」という本を書かれている。

・姿勢と呼吸を大切にする人は、美しくなれる

・言葉を大切にする人は人から愛される

・日本の文化を大切にする人は、人を魅了する

等々

『言葉』については「言いたいことを、思いついたまま語るのではなく、その言葉を相手がどう受け止めるのかということに、まず、思いをめぐらせる。いったん自分が相手の立場になってみる。そして、その言葉を投げかけたら、自分ならどう受けとめるだろうか、と考えてみてはどうでしょう。・・・・」と。

『日本の文化』については氏がセルリアンタワーの日本庭園をデザインしたことや、2006年にニューズウィーク日本版で「世界が尊敬する日本人100人」に選ばれていることをみても、実力も魅力も察することができる。

枡野俊明さんの本を読んでまもなく、新聞の文芸欄に瀬戸内寂聴さんの記事があった。7月にあった講演で「若い時は恋と革命に生きなさい!」と言って会場を沸かせ、こう続けた。「この100年で女性の立場は大きく変わりました。だけどどんなに自由な環境にあっても、自分で考え、行動しなければ意味はない。それはいつの時代でも変わりないのです」と。

この二人の講演が同時に行われたら、どちらを聞きに行くのだろう。煩悩の多い身としては、寂聴さんにやや分があるのかも・・・


9月 18th, 2012|

ジャーナリスト山本美香さんに思いを馳せて


ジャーナリストの山本美香さんがシリアで取材中に射殺された。その後毎日テレビのニュースで山本さんのことが扱われている。知れば知るほど、思いと行動を一致される生き方の凄さに圧倒される。

生前の山本さんがメディアでどう扱われていたのかをネットで検索してみたが、著書は数冊あるものの、メディアで扱われた形跡は多くない。

ヒューマンジャーナリストとも呼ばれる山本さんと山本さんが知らせたかった事をもっと早く知りたかった。できれば講演も聴いてみたかった。

今も活躍しているジャーナリストたちの命がけの思いに、一般の人達(特に世界情勢に興味を持っている人だけではなく)が触れる機会は増やせないものだろうか。

日本でニュース番組を見ていても世界の情勢は分からない。本当に日本人に関係のあることしか扱っていない感じがする。

国際情勢を多極よりも多く報道するニュース番組など、特徴を持たせても良いような気がするのだが。

メディア界にも命がけで、ジャーナリストの思いを人々につなぐような人は現れないかと望むのは難しいのだろうか。

どの世界でも、新しいことを始めようとすると、とてつもなく大きな壁が立ち塞がるのだが・・・・


8月 30th, 2012|

卒業生が集まって・・・


LCA国際小学校で、卒業生が集まる機会があった。卒業生が小学校に来て自分の進学した学校の様子や特徴を在校生とその保護者に話をする。終了後は卒業生と教師で簡単なパーティーをした。

卒業生が前に座ってマイクで話をしている姿は、中学1年生は卒業してまだ5ヶ月目だが、3年ぐらい経ったのではないかと思えるほど、しっかりして見えた。話し方もマイクを向けられても臆するどころか、ウイットを効かせて、明らかに聴く人を意識した話し方ができていた。

自分が中学生の頃はもっともっと幼稚だったし、勉強も彼らほどはしていなかったと思いながら話を聞いていた。本当に将来が楽しみだ。

LCAには小学校までしかないので、こんな形で毎年集まる機会をつくり、「生き方」について語り、彼らの成長を見守りたいと思っている。今回は「人の成長は、どれだけ他人のことを考えられるようになったかである」という話をした。自分自身を幸せにしながら、他人のことを考えられる人間が理想である。

教科をどれだけ勉強しても、部活に熱中しても、自分自身の人生を自分で考え抜くこと無しでは、本当には成長できないのだと私は思っている。彼らと話をする中で、私の話が、考えるヒントやきっかけになれれば良いと思っている。

また、来年会えるのが楽しみである。


8月 27th, 2012|

もしも世界がスマホ、iPadのように変化していたら・・・


携帯電話をスマートフォーンに変えたのは1年数か月前だった。予定表のために持ち歩いていた手帳を持たなくなり、電子手帳も不要になった。この夏はアイディアや覚書用のノートをiPadに変えた。

これでどのノートに書いたのか、ノートをどこに置いたのかで悩むことはなくなるだろう。モルディブに旅行中も部屋にテレビはなかったが、iPad一つで、オリンピックの情報も入ったし、読書もでき音楽も聞けた。パソコンよりも手に持っている時間が圧倒的に長くなったと感じる。

スマートフォーンやiPadがもたらした変化は時代の変化の象徴であって、世の中がこのような速度で大きく変化しているのだと思うと、オチオチしていられないと思う一方で、可能性にゾクゾクする気持ちもある。今は大きな変化の見られない分野でも、変化のエネルギーを蓄えていて、そのうち突然大きな変化が訪れるのではないかという気がする。


8月 23rd, 2012|

夜空の星の名前が確実に分かる


今年の夏はモルディブのミリヒというリゾートに滞在した。滞在中に星を見るイベントがあった。大きな望遠鏡があって星をみることができるのだが、その日は惑星が見えず、恒星を見たので、肉眼で見る星が一回り大きくなったかなという感じで、期待はずれであった。しかし、そこのスタッフがSky Scoutというビデオカメラぐらいの大きさの機器をもっていた。それを使って星を見て、星が中心に見えたらボタンを押すと、その星の名前が表れるのだった。

ひと際明るい星に向けてボタンを押してみたら、Vega、Altair、Denebと表示される。たぶんGPS機能を使って方角と角度から星を特定しているのだと思うが、本当に便利な時代になったものだと思う。インターネットが繋がれば、iPadを手にインターネット星座番と組み合わせて使うことで、夜空を見上げながら分かることが増え、その分楽しさも倍増するということだ。

好奇心さえあれば、いくらでも知識が得られる時代になっている。知りたいと思う気持ちのある人とそうでない人の知識量が、今まで以上に広がってくるだろう。ただ与えられる知識ではなく、知りたくて得る知識が、連鎖的に増えていくのだから、その意味は大きい。


8月 23rd, 2012|

飛び込む前に考えよう!


  マンタやジンベイザメを見にダイビングのポイントに向かう途中だった。「ジンベイザメだ!飛び込め!」と言われるままに水中眼鏡とシュノーケル、フィンをつけてボートから海に飛び込んだ。見えるものはプランクトンで白くかすんだそこはかとない海。他の皆は何処に行ったのだろう。不安になって海面に顔を出す。顔を出した時に海水をのんだ。遠くの海面に数人の頭とシュノーケルが見えたが、とてもそこまで行く余裕はない。

シュノーケリングには苦い思いでしかないのだ。何かマリンスポーツをと、苦手な海に勇気を振り絞って挑戦したシュノーケリングだったのに、フィリピンのセブで借りた水中眼鏡はサイズが合わず、水が入る。その頃はマスククリーン(水中眼鏡に入った水を抜く方法)など知る由もなく、浮上しようとしてボートの底に頭を打って溺れそうになった。その後スキューバダイビングだったらどうにかなるのではないかと始めたスキューバだった・・・・・

ボートに戻ろうとしてボートを探すと周りには何艘ものボートがあり、自分のボートが分からない。船首にあんな簱は立っていたろうか?一艘のボートが私を見つけて近づいて来た。やっとの思いで梯子をよじ登った。口も心も塩まみれになっていた。

スキューバダイバーはシュノーケリングが出来るとは限らないのだ。

いつの日か、海のリゾートもゆったりとリゾートとして楽しみたい。クタクタになったモルディブでの一日だった。


8月 16th, 2012|